東京高等裁判所 平成8年(行ケ)37号 判決 1997年12月25日
東京都品川区上大崎2丁目10番45号
原告
株式会社光電製作所
同代表者代表取締役
伊藤良昌
同訴訟代理人弁理士
櫻井俊彦
兵庫県西宮市芦原町9番52号
被告
古野電気株式会社
同代表者代表取締役
国友茂
同訴訟代理人弁理士
小森久夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成7年審判第1018号事件について平成8年1月10日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「航跡記録装置」とする特許第1516845号発明(昭和54年4月27日出願、昭和61年9月24日出願公告、平成元年9月7日設定登録、平成元年12月25日訂正公告。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、平成7年1月12日本件特許を無効とすることについて審判を請求し、特許庁は、この請求を平成7年審判第1018号事件として審理した結果、平成8年1月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年2月5日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
航行位置を測定する航法装置の測定結果に基づいて絶対航行位置を航跡データとして蓄積記憶する蓄積記憶回路と、
該蓄積記憶回路に記憶している航跡データに基づいて、航行位置を認識するための、地図上の緯度、経度線等の、自船の現在位置の変化に追従しないマーカ表示要素のデータを生成するマーカ表示要素データ生成手段と、
表示器と、
前記表示器の表示画面上の各表示位置に幾何的に対応する記憶部を有し、前記マーカ表示要素データ生成手段で生成されたデータと前記蓄積記憶回路に記憶されている航跡データとを前記表示器の表示画面上の表示位置となる記憶部に記憶する表示用記憶回路と、
画面移動スイッチおよび画面の縮小、拡大スイッチを含み、前記表示用記憶回路に記憶されているデータを任意の方向へ移動させる等表示用記憶回路の記憶状態を変えることによって前記表示器での表示状態を所望の状態に設定することを指示する操作スイッチ入力部と、
を備えてなる航跡記録装置。
3 審決の理由
審決の理由は、別紙1審決書写し(以下「審決書」という。)記載のとおりである。
4 審決の理由の認否
(1) 審決書2頁2行ないし3頁8行(本件発明の要旨等)は認める。
(2) 同3頁9行ないし5頁10行(請求人の主張内容)は認める。
(3)<1> 同6頁7行ないし10頁7行(マーカ表示要素)のうち、頁7行から7頁末行「り、」まで、及び、8頁6行から9頁16行「おり、」までは認め、その余は争う。
<2> 同10頁15行ないし11頁12行(マイクロプロセッサ)は争う。
<3> 同12頁8行ないし17頁11行(ROM、RAM)のうち、12頁8行から11行「記載されており、」まで、13頁8行から14頁1行「ており、」まで、及び、14頁17行から16頁6行「記載されており、」までは認め、その余は争う。
<4> 同18頁9行ないし20頁末行(幾何的に対応、矢印)のうち、18頁9行ないし19頁6行「の記載からみて、」、及び、19頁11行から20頁7行「ており、」までは認め、その余は争う。
<5> 同21頁7行ないし22頁11行(リフレッシュ)のうち、21頁7行から17行「記載されている。」までは認め、その余は争う。
<6> 同22頁末行ないし23頁14行(スイッチ)のうち、22頁末行から23頁4行「れている。」までは認め、その余は争う。
<7> 同24頁3行ないし25頁6行(制御部)のうち、24頁3行ないし5行「記載」までは認め、その余は争う。
<8> 同25頁11行ないし28頁7行(表示用記憶回路)のうち、26頁1行から27頁6行「記載されており、」までは認め、その余は争う。
<9> 同28頁8行ないし29頁1行(要旨変更についてのまとめ)は争う。
(4) 同29頁2行ないし4行(まとめ)は争う。
5 審決を取り消すべき事由
(1) 取消事由1(特許法153条違反)
<1> 審決は、「マーカ表示要素」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、当初明細書の記載(甲第2号証6頁2行ないし6行、6頁9行ないし11行、5頁4行ないし8行、7頁5行ないし11行、7頁13行ないし8頁4行)、並びに、特許明細書の記載(甲第5号証訂41頁17行、18行、)及び当初明細書の記載(甲第2証9頁6行ないし8行、9頁15行ないし19行、10頁6行ないし11行、10頁16行ないし20行、4頁3行)を引用しているが(審決書6頁7行ないし7頁19行、同8頁6行ないし9頁15行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある。
<2> 審決は、「ROM、RAM」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、当初明細書の記載(甲第2号証5頁17行ないし19行、6頁5行、6行、7頁5行ないし11行)の引用(審決書13頁8行ないし末行)と「書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知」であること(審決書14頁5行、6行)、並びに、当初明細書の記載(甲第2号証6頁9行ないし11行、8頁14行ないし9頁4行、9頁13行ないし10頁3行、10頁16行ないし20行、4頁3行)の引用(審決書14頁17行ないし16頁6行)と「書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知」であること(審決書16頁18行、19行)を理由に挙げているが、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある。
<3> 審決は、「幾何的に対応、矢印」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、特許明細書(甲第5号証訂43頁37行ないし42行)の記載内容と、「「幾何的に対応する」の文言は、表示用記憶回路26の各記憶素子とブラウン管表示器27の各画素とが相互に対応した位置関係にあることを表している」との解釈から語句の認定をし(審決書18頁15行ないし19頁10行)、当初明細書の記載(甲第2号証4頁5行ないし8行)を引用しているが(審決書20頁2行ないし6行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある。
<4> 審決は、「リフレッシュ」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、当初明細書の記載(甲第2号証4頁5行ないし8行、5頁4行ないし8行)を引用しているが(審決書21頁7行ないし17行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある。
<5> 審決は、「スイッチ」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、当初明細書の記載(甲第2号証7頁15行ないし18行)の引用と「ブラウン管表示器において表示画面の切り換えをスイッチで行うようにすることは、この出願前周知」であることを理由に挙げているが(審決書22頁18行ないし23頁6行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある。
<6> 審決は、「制御部」の解釈に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、特許明細書の記載(訂正公告公報訂43頁9行)により理由づけを行っているが(審決書24頁3行ないし5行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある。
<7> 審決は、「表示用記憶回路」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、当初明細書の記載(甲第2号証6頁9行ないし13行、6頁19行ないし7頁3行、7頁11行ないし15行、8頁8行ないし13行、8頁14行ないし17行)の引用と、「時間設定スイッチ20、縮小、拡大スイッチ21、画面移動スイッチ22等の操作スイッチにより設定が行われた場合、既に設定されている出力を変更設定し、その変更設定された出力に応じて表示用記憶回路14に航跡記録の書込みを行う」との理由と、「電子計算機を用いる装置において、操作スイッチの入力データをRAMに記憶させるようなことは、出願前周知」である理由を挙げているが(審決書26頁1行ないし27頁18行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある。
(2) 取消事由2(要旨変更についての判断の誤り)
審決は、次の点の補正が要旨変更に当たらないと判断するが、誤りであり、その結果、本件発明の出願日の繰り下がりはなく、甲第5ないし第7号証(審決時の書証番号)は、本件発明の出願後に公知の刊行物となるから、本件発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとすることができない旨の判断(審決書28頁12行ないし29頁1行)も誤りである。
<1> 「マーカ表示要素」に関する認定の誤り
(a)現在位置の移動について
審決は、「当初明細書に記載されたものの表示面1上の現在位置2’は、縮小、拡大をブラウン管表示器1の画面中心点を基準にして行なうように設定している場合には、自船の航行位置の変化に応じて移動するようになっていると解される。」(審決書7頁末行ないし8頁5行)と認定するが、誤りである。
「自船の航行位置の変位に応じて表示面1上の現在位置2’も移動するようになっている。」(訂正公告公報訂41頁18行、19行)との点は、当初明細書には記載されていない。
(b) マーカ表示要素の追従について
審決は、「当初明細書に記載されたものでは、縮小、拡大をブラウン管表示器1の画面中心点を基準にして行なうように設定している場合には、現在位置2’が移動しても、上記マーカ表示要素はいずれもそれに追従しないと解される。」(審決書9頁18頁ないし10頁2行)と認定するが、誤りである。
「現在位置2’が移動しても、上記マーカ表示要素はいずれもそれに追従しない」(訂正公告公報訂41頁19行、20行)点は、当初明細書には記載されていない。
<2> 「マイクロプロセッサ」に関する認定の誤り
審決のマイクロプロセッサについての認定、判断(審決書10頁15行ないし11頁12行)は、誤りである。
「テキサスインスツルメント社製の16ビットマイクロプロセッサTMS9900が用いられる。上記インターフェイス21、22、および後述のROM、RAMは上記のCPU23に、データ授受を行うデータバスDn、メモリアドレス指定やチップセレクト」(訂正公告公報訂43頁9行ないし12行)との記載が当初明細書になく、かつ、「出願当時周知のことである」ことを示す証拠も示されていない。
<3> 「ROM、RAM」に関する認定、判断の誤り
(a) 制御手段を記憶するROMについて
審決は、「当初明細書に記載された蓄積用記憶回路16は、文字、数字等のパターンを記憶するROMを有するものと解される。そして、電子計算機においてCPUの制御手段を記憶するメモリとしてROMを用いることは、この出願前周知のことである。」(審決書12頁11行ないし16行)、「してみれば、特許明細書・・・ROMとをまとめて表したものと解される。」(同12頁17行ないし13頁4行)と認定するが、誤りである。
当初明細書及び図面には、「制御手段を記憶するROM」については全く記載がなく、この点が出願前周知であることを示す証拠もない。
当初図面第1図には、CPU19が1つのブロックのみで記載されていることを考慮すると、たとえ制御手順を記憶するメモリを有していたとしても、CPU19の中に設けられていなければならない。
(b) ROM24が16Kバイトの容量を持つことについて
審決は、「本実施例のROM24が16Kバイトの容量を持っている旨の記載は、ROM24の容量を一例として例示したものと解される。」(審決書13頁5行ないし7行)と認定するが、誤りである。
「ROM24は、・・・本実施例では16Kバイトの容量を持っている。」(訂正公告公報訂43頁14行、15行)ことは、当初明細書には記載されていない。
そして、乙第1ないし第4号証にも、ROMを16Kバイトの容量を持つ構成とすることについて、記載がない。
(c) 審決は、「これらの記載からみて、当初明細書に記載された蓄積用記憶回路16は、書込可能なメモリを有して航法装置17が測定した航行位置に基づき一定時間内の航行位置の位置変化を記憶するものと解される。そして、書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知のことである。」(審決書14頁1行ないし6行)と認定するが、誤りである。
書込みと読出しが行える記憶媒体には種々の記憶媒体があり、RAMに限ったものではないところ、「書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知のことである」とし、蓄積記憶回路16が書込み可能なRAMでなければならないと判断したことは、当初明細書及び図面の記載事項を誤認したものである。
(d) 蓄積記憶回路に関する認定の誤り
審決は、「してみれば、上記の特許明細書の「蓄積記憶回路25・・・は航法装置20からの測定結果に基づいて所定時間内の航行位置の位置変化を即ち、航法装置20からの測定結果に基づいて絶対航行位置を航跡データとして蓄積記憶するRAM・・・によって構成される」の記載は、航法装置からの測定結果に基づく一定時間内の航行位置の位置変化を、航法装置からの測定結果に基づく絶対航行位置の航跡データを定義して、上記の当初明細書に記載された蓄積記憶回路を表したものと解される。」(審決書14頁7行ないし16行)と認定するが、誤りである。
蓄積記憶回路25、表示用記憶回路26はそれぞれ航法装置20からの測定結果に基づいて所定時間内の航行位置の位置変化を即ち、航法装置20からの測定結果に基づいて「絶対航行位置」(訂正公告公報訂43頁17行)を航行データとして蓄積記憶するとの点は、当初明細書には記載されていない。
被告は、絶対航行位置の文言は、本件特許出願手続中の拒絶理由通知にて示された甲第8号証との相違点を明確にしたものである旨主張するが、当初明細書の「ロラン受信機、オメガ受信機あるいはNNSS受信機等の航法装置を用いて航行位置の測定を行ない」(甲第2号証3頁4行ないし6行)との記載によれば、当初明細書における「航法装置」は、ロラン受信機に限られたものではなく、オメガ受信機及びNNSS受信機を含むものであるが、オメガ受信機は、測定誤差が1.8ないし3.6kmにもなり、到底絶対航行位置とはいえない誤差をもつものであり、NNSS受信機は、衛星による送信局が地球には全く固定されておらず、空中を移動しているので、その測定した位置データは到底絶対航行位置とはいえないものである(甲第18号証)。そして、当初明細書の「航行位置の位置変化」が「相対航跡データ」であるにもかかわらず、それを「絶対航行位置を航跡データ」という記載に補正したことは、当初明細書における「航行位置の位置変化によるデータ」を「絶対航行位置の航跡データ」という特定の下位概念のものに補正していることになり、この補正は、本件発明がその発明の目的とする「少なくとも、表示器の表示画面上に航跡と緯度、経度線とを表示する構成を得ること」において周知の技術事項といえないものであって、自明な事項であるとは言えない技術事項なので、明細書の要旨変更を行っていることになる。
(e) 表示用記憶回路に関する判断の誤り
審決は、「当初明細書の上記記載からみて、当初明細書に記載された表示用記憶回路14は、記憶のための書込可能なメモリを有するものと解される。そして、書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知のことである。」(審決書16頁15行ないし19行)と認定するが、争う。
<4> 「幾何的に対応する」、「矢印の削除」に関する認定の誤り
(a) 「幾何的に対応する」について
審決は、「上記(4)の記載中の「幾何的に対応する」の文言は、表示用記憶回路26の各記憶素子とブラウン管表示器27の各画素とが相互に対応した位置関係にあることを表しているものと解する。」(審決書19頁6行ないし10行)と認定し、この点の補正につき要旨変更はない旨判断するが、誤りである。
被告は、東京高等裁判所平成7年(行ケ)第25号審決取消請求事件において、「「幾何」は図形や空間上の位置(座標)を取り扱う学問であることが一般に知られている・・・。したがって、「幾何的に対応する」とは、図形的にまたは空間の座標上で対応することを意味する」と自らその解釈を主張している(甲第19号証の1第1頁下から9行ないし7行)。この被告の解釈によれば、「幾何的に対応する」とは、「空間の座標上で対応する」ことも含めると主張していることになり、「空間の座標」とは、「立体幾何」に属するものであるから(甲第19号証の2)、被告の解釈によれば、「幾何的に対応する」とは、「立体幾何的という広い意味の範囲においても対応する」ことを意味する。してみれば、訂正公告公報における「幾何的に対応する」との語句は、当初明細書及び図面に記載した発明の要旨を変更しているものである。
(b) 「矢印の削除」について
審決は、「特許明細書の上記(4)の記載は、上記の当初明細書に記載されたことを表したものと解される。」(審決書20頁7行ないし9行)、及び「第3図の「水平、垂直走査回路への入力線」に入力方向矢印がなくても、信号の流れが当初明細書及び図面に記載されたものと変わったとは解されない。」(審決書20頁12行ないし15行)と認定するが、誤りである。
訂正公告公報中の「シフトレジスタ28への表示データの転送はブラウン管表示器27の走査信号に同期して行われる。」(訂第43頁25行、26行)との記載における「ブラウン管表示器27の走査信号」とは、特許図面第3図における「水平、垂直走査回路29で発生した信号をブラウン管表示器27に送っている信号」であり、また、上記の「表示データ」は、「水平走査カウンタ30と垂直走査カウンタ31とで読出した信号」である。したがって、上記の「シフトレジスタ28への表示データの転送はブラウン管表示器27の走査信号に同期して行われる。」という動作を行うためには、水平、垂直走査回路29で発生している走査信号を何らかの方法で水平走査カウンタ30と垂直走査カウンタ31を介して、表示用記憶回路26に与えるようにしなければならない。そして、このことは、水平、垂直走査回路29で発生している走査信号を何らかの方法で水平走査カウンタ30と垂直走査カウンタ31を介して、表示用記憶回路26に与えることになり、同第3図の「水平、垂直走査回路29」と「水平走査カウンタ30と垂直走査カウンタ31」とを結ぶ2つの信号線では、「水平、垂直走査回路29」から「水平走査カウンタ30と垂直走査カウンタ31」に向かう方向に信号が与えられていることになるので、信号の流れを示す矢印を描くとすれば、これは左向きの矢印でなければならない。
これに対し、当初明細書には、「シフトレジスタ28への表示データの転送はブラウン管表示器27の走査信号に同期して行われる。」という意味の記載は全くなく、単に「(ブラウン管表示器1の)水平、垂直走査は水平走査カウンタ11、垂直走査カウンタ12の計数動作に同期して行なわれる。」(甲第2号証4頁7行、8行)との記載のみなので、当然当初図面第1図における「水平、垂直走査回路10」と「水平走査カウンタ11と垂直走査カウンタ12」とを結ぶ2つの信号線では右向きの矢印になっているものである。
そうすると、「シフトレジスタ28への表示器データの転送はブラウン管表示器27の走査信号に同期して行われる。」(訂正公告公報訂43頁25行、26行)の記載及び特許図面第3図における矢印の削除は、当初明細書及び図面に記載した発明の要旨を変更していることになる。
<5> 「リフレッシュ」に関する認定の誤り
審決は「ブラウン管表示において、表示をリフレッシュしなければその表示が消えてしまうこと、また、その表示を消さないようにするために、表示用記憶回路を常時スキャンニングして表示データを送るようにすることは、この出願前技術常識である。」(審決21頁17行ないし22頁3行)、「してみれば、上記(5)の記載は、上記の当初明細書に記載されたことと上記のブラウン管表示における技術常識とを記述したものと解される。」(審決書22頁4行ないし6行)と認定し、「したがって、上記(5)の記載は、当初明細書及び図面に記載された内容を逸脱した要旨変更となる補正に当たるとは認められないから、上記(5)の記載に対する本件請求人の上記の主張は採用することができない。」(審決22頁7行ないし11行)と判断するが、誤りである。
ブラウン管表示器の画像表示方法には、同一の画像を1回しか表示しない方法と、同一の画像を繰り返して表示する表示方法があり、そのいずれの表示方法を用いるかについて、当初明細書に何らの記載がない。
また、「蓄積用記憶回路から所定時間毎に、航跡と緯度、経度線とを、表示画面上の各表示位置に幾何的に対応するように書き込むようにした表示用記憶回路を設けた装置において、表示用記憶回路をカウンタにより常時スキャンニングしてブラウン管表示器の表示状態のリフレッシュを継続する」いう構成が本件特許の出願前に周知であったことを示す証拠も提出されていない。
したがって、当初明細書に記載のものは、「水平、垂直走査は水平走査カウンタ11、垂直走査カウンタ12の計数動作による走査が1回だけ行われ、それに従って、ブラウン管表示器1の水平、垂直走査が1回行われる」という構成のものとして解釈するのが至当である。
<6> 「スイッチ」に関する認定の誤り
審決は、「そして、ブラウン管表示器において表示画面の切り換えをスイッチで行うようにすることは、この出願前周知のことである。」(審決書23頁4行ないし6行)、「してみれば、上記(6)の記載は、上記の当初明細書に記載されたことと上記のブラウン管表示器における周知事項とを記述したものと解される。したがって、上記(6)の記載は、当初明細書及び図面に記載された内容を逸脱した要旨変更となる補正に当たるとは認められないから、上記(6)の記載に対する本件請求人の上記の主張は採用することができない。」(審決書23頁7行ないし14行)と認定、判断しているが、誤りである。
当初明細書では、表示用記憶回路14へ書き込むときに、縮小、拡大はブラウン管表示器1の画面中心点を基準として行われる第1の構成による装置と、表示用記憶回路14へ書き込むときに、航跡記憶2の現在位置2’を基準として行わせる第2の構成による装置があることが記載されている。これに対し、特許明細書では、縮小、拡大はブラウン管表示器27の画面中心点を基準にして行わせる構成と、航跡記憶2の現在位置2’を基準として行わせることもできる構成を1つの装置で行うことが記載されているものであるから、この点の補正は要旨変更である。
<7> 「制御部」に関する認定の誤り
(a) マイクロプロセッサについて
審決は、「上記(7)の記載中の「制御部」はCPU23のマイクロプロセッサで構成される部分と解する。」(審決書24頁5行ないし7行)と認定するが、誤りである。
当初明細書に「電子計算機19」の記載、当初図面の第1図に「CPU19」との記載があることは認めるが、「マイクロプロセッサ」という記載はなく、甲第13号証、甲第15号証等で開示されている航跡記録装置では、比較的大容量の処理を行える電子計算機を用いており、当初明細書の「電子計算機19」又は「CPU19」には、当然ミニコンピュータよりも大きいコンピュータを用いたことになる。したがって、訂正公告公報訂43頁9行の「制御部はCPU23のマイクロプロセッサで構成され」との記載は、当初明細書及び図面に記載した発明の要旨を変更している。
また、「制御部」の語句は、当初明細書及び図面には全く記載されておらず、「制御部」とは、一体、どの部分をどのように組合わせた部分を言い換えたものか全く不明確な記載となっている。
(b) 命令セットについて
審決は、「CPU23の制御、処理内容をプログラミングすること、プログラミングは使用するマイクロプロセッサの命令セットにより行われることは当然のことであり、上記の「CPU23の制御、処理内容を説明したが、これらは、使用するマイクロプロセッサの命令セットにより具体的にプログラミングしていけばよい。」の記載は、このことを記載したものと解される。」と認定するが、誤りである。
マイクロプロセッサは当初明細書及び図面に記載されていないから、これが記載されていることを前提とする理由づけは失当である。
(c) ディスクリートについて
審決は、「上記の「制御部はミニコンピュータで構成してもよく、またディスクリートな回路要素で構成してもよい。」の記載は、制御部の他の構成例として、この出願前周知の手段を例示したものと解される。」(審決書24頁8行ないし25頁1行)と認定するが、誤りである。
「航跡と緯度、経度線とをブラウン管表示器の表示画面に表示する装置において、ROMの16Kバイトという膨大な記憶容量の記憶素子に記憶している制御手段と、文字、数字等のパターンと、16ビットマイクロプロセッサTMS9900が処理する処理機能とをすべて分解された個々の回路で構成したもの」が出願前公知であることを示す証拠もない。
<8> 「表示用記憶回路」に関する認定の誤り
(a) スイッチデータについて
審決は、「上記(8)の記載は、その記載内容からみて、当初明細書第5頁14行~第9頁4行の「表示用記憶回路14は、ブラウン管表示器1に表示される表示信号を記憶するが、……(中略)……表示用記憶回路14には、上記のような緯度、経度線の他に、カーソル線の表示信号も書込まれてる。」に記載された電子計算機の動作をフローのステップに区分して表したものと解される。」(審決書25頁11行ないし18行)と認定するが、誤りである。
当初明細書には「スイッチの入力データを生成」する旨の記載が全くなく、その生成が、どの回路で生成されるかについても記載がない。
また、「スイッチの入力データを記憶」する構成が当初明細書に記載されておらず、更に、「図示しないRAMエリアに記憶」とは、蓄積記憶回路25のRAMのほかに、もう1つ別のRAMがあり、そのRAMのエリアに記憶する意味であるが、こうした記憶部分を設けることについては、当初明細書と当初図面第1図にはそのようなRAMがあることさえも記載されていない。
(b) 操作スイッチの入力データについて
審決は、当初明細書には「上記操作スイッチの操作により設定の変更が行われない場合には、既に設定されている出力に応じて表示用記憶回路14に航跡記憶の書込みを行うものと解される。」(審決書27頁12行ないし15行)と認定するが、誤りである。
当初明細書には、「操作スイッチの入力データ」が全くない状態での書込みにおいて、あらかじめ定めたデータに基づいて、絶対航行位置データとマーカ表示要素データを書き込む表示用記憶回路のデータを求め、その位置に記憶する書込みが行われる記載は全くないので、特許明細書「(操作スイッチの入力がない場合は予め定めたデータに基づいて)」(訂正公告公報訂47頁15行)の記載は当初明細書および図面に記載した発明の要旨を変更している。
(c) 操作スイッチデータをRAMに記憶させることについて
審決は、「電子計算機を用いる装置において、操作スイッチの入カデータをRAMに記憶させるようなことは、この出願前周知のことである。」(審決27頁16行ないし18行)と認定するが、誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認め、同5は争う。審決の認定、判断は正当であり、手続にも違法はないから、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
原告の指摘している事項はいずれも審判請求理由を審理・判断する過程の1つであり、審決は審判請求理由の範囲内において行われたことは明らかである。
(2) 取消事由2について
原告主張の事項はいずれも要旨変更に当たらない。
<1> 「マーカ表示要素」について
(a) 「自船の航行位置の変位に応じて表示面1上の現在位置2’も移動するようになっている。」点は、当初明細書に、「この発明は、・・・測定結果に基ずいて自船の航跡記録をブラウン管表示器上に表示される装置に関する。」(甲第2号証3頁4行ないし8行)、「電子計算機19は航行位置の測定結果に基ずいて、航行位置の緯度、経度を計算した後蓄積記憶回路16に記憶させる。蓄積記憶回路16は、一定時間内における航行位置の位置変化を順次更新しながら記憶する。」(同6頁2行ないし6行)、「電子計算機19は、設定された時間毎に蓄積記憶回路16の記憶内容を読み出して表示用記憶回路14に書込む。」(同7頁1行ないし3行)と記載されており、これらの記載は、自船が変位する毎にその位置情報が蓄積記憶回路に記憶され、更にその内容が表示用記憶回路に記憶されることを意味しているから、当業者であれば、当初図面の第1図において、自船の航行位置の変位に応じて現在位置が移動すると考えるものである。
また、移動体(自船)の位置変位に応じて表示画面上の現在位置を移動させる技術自体は、甲第15号証や甲第13号証に含まれる多数の刊行物に見られるように、この出願前、周知の技術である。
(b) 当初明細書には、「該航法装置の測定結果に基ずいて得られる一定時間内の航跡記録と該航跡が記録される地図上の緯度、経度線及び上記記録された航行位置を読取るためのカーソル線とを表示するブラウン管表示器と、」(甲第2号証1頁6行ないし10行)、「そして、電子計算機19は、このとき、表示される航跡を含む一定範囲内の緯度、経度線を計算して、緯度、経度線に対応する表示用記憶回路14の記憶素子に書込みを行なう。」(同8頁17行ていし9頁1行)と記載され、当初図面の第1図には、現在位置及び航跡とマーカ表示要素の1つである緯度、経度線との関係が示されている。そして、航跡は自船の航行位置の変化を示すものであるから、上記の記載及び図面より、現在位置が移動しても、緯度、経度線がそれに追従することがないことは自明である。
さらに、当初明細書には、「本件発明は、緯度、経度線、マーク、地図等が記されて紙の海図上にXY記録器により航跡を記録していく従来の装置に対して、複雑な操作の必要がないように航跡を表示器上に自動的に表示することを目的とする」旨(甲第2号証3頁)記載されている。航跡記録装置とは、緯度、経度線等が引かれた海図上に航跡を順次描いていくものであり、本件発明はこの航跡記録装置を表示画面上に自動的に表示すること目的とするものである一方、現在位置が更新されたときに、もし、緯度、経度線も追従するとすれば、その線はもはや緯度、経度線にならないことは明らかであるから、当業者であれば、本件発明においても、従来の航跡記録装置と同様、緯度、経度線やマーク等が現在位置の移動に追従しないことを当然の内容として理解できることは明らかである。
なお、この点の補正は、出願公告後の補正に係るものであるから、仮にこの点の補正に特許法64条違反があったとしても、原告が審決段階で提出した甲号証は、依然としてこの出願日以後のものである。
<2> 「マイクロプロセッサ」について
乙第1ないし第3号証に示すように、テキサスインスツルメント社製の16ビットマイクロプロセッサTMS9900は、この出願前から汎用のマイクロプロセッサとして市場に供給され、その説明や刊行物頒布が行われていたことは、明らかである。
乙第1号証の図18、図19には、それぞれアドレスバス、データバス、コントロールバスが示され、これらのバスはCPUであるTMS9900とROM、RAMに接続されている。同様な構成は、乙第3号証195頁、乙第4号証158頁、乙第11号証824頁の図18・34にも示されている。
また、ROMやRAMの用語が周知であることも、乙第3号証の191頁、202頁から明らかである。
このように周知のTMS9900を当初図面に明示されているCPU19の一例として示す補正は、特許請求の範囲に記載した技術的事項に何ら実質的変化を及ぼすものではない。
<3> 「ROM、RAM」について
(a) メモリとしてROMやRAMが存在することは、乙第1号証の図18、図19、乙第3号証191頁、202頁、乙第4号証158頁、219頁等に示されているように、周知である。
電子計算機(当初図面のCPU)19に接続される記憶回路16としてROMやRAMを用いることは、乙第1号証に示されるように自明のことであり、また、電子計算機を用いる以上、その制御手段が一般にROMに記憶されることも、乙第4号証に示されるように自明である。また、文字、数字等のパターンは固定した定数であるからこれをROMで記憶することも、乙第3、第4号証から周知事項である。このことから、当初明細書において、航跡データのほか、文字、数字等のパターンを記憶するようにしていた蓄積用記憶回路16を、補正によって、航跡データを記憶するRAMである蓄積記憶回路25と、文字、数字等及び制御手段を記憶するROM24とに区別したことは、自明の事項を記載したものである。
そして、上記の補正は、当初図面に電子計算機がCPU19と描かれているために、このCPU19に接続されるメモリとしてROMとRAMを記載した方が分かりやすくなると考え、行ったものであり、この補正により、特許請求の範囲に記載されている技術的事項が実質的変化を受けるものでもない。
(b) 16Kバイトの点についても、ROM24の容量の一例を示したものにすぎず、特許請求の範囲に記載されている技術的事項が実質的変化を受けるものではない。
(c) 特許明細書の蓄積記憶回路25が航跡データを記憶する書込み可能なメモリ(RAM)の機能を有していること、及び、当初明細書の蓄積記憶回路16が文字、数字等のパターンを記憶するROMの機能も持っていることはそれらの明細書等の記載から明らかであるから、この点の補正は、当初明細書の蓄積記憶回路16の持っているROM部分とRAM部分とを、それぞれ特許明細書ではROM24と蓄積記憶回路25として分けて示したにすぎないものである。
(d) 当初明細書には、「電子計算機19は航行位置の測定結果に基ずいて、航行位置の緯度、経度を計算した後蓄積記憶回路16に記憶させる。」(甲第2号証6頁2行ないし5行)との記載があり、航法装置にロラン受信機等を使用する限り、その航法装置は相対航跡データではなく、絶対航跡データを出力するものであることは明らかであるから、この点の補正には要旨変更はない。
絶対航行位置の文言は、本件特許出願手続中の拒絶理由通知にて示された甲第8号証(相対航行位置の航跡データを表示する引用例)との相違点(本件発明が相対でなく、絶対航行位置の航跡データを扱うものであるという相違点)を明確にしたにすぎない。
(e) 前記のとおり、メモリとしてRAMを用いることは周知であり、また、表示用記憶回路としてRAMを使用することも、乙第5ないし第8号証に示されるように一般的な技術である。
<4> 「幾何的に対応する」、「矢印の削除」について
(a) 審決の特許明細書の「「幾何的に対応する」の文言は、表示用記憶回路26の各記憶素子とブラウン管表示器27の各画素とが相互に対応した位置関係にあることを表しているものと解する。」との判断は、「空間上の座標上で対応する」ことと文言的にも技術的にも矛盾はない。
また、参考図2(別紙2参照)の〔B〕の記憶状態のものが〔A〕のように表示される態様が「幾何的に対応する」関係がどうかは、権利範囲解釈の問題であり、要旨変更の問題とは無関係である。
なお、明細書には、ベストモードとして参考図2(別紙2参照)の〔A〕の態様が記載されているのであって、記憶状態がバラバラになっていて実施可能性の低い〔B〕の記憶状態の態様まで明細書中に開示しておく必要はない。
(b) 特許明細書の「水平、垂直走査回路29」も、当初明細書の「水平、垂直走査回路10」も、垂直走査カウンタ及び水平走査カウンタからのカウンタ値を受け、その値に対応する垂直、水平走査信号をブラウン管表示器1に対して送るのであって、矢印があろうとなかろうと、その信号の流れは同一である。そして、そのことは、当初明細書の記載からも特許明細書の記載からも明らかである。
なお、図面の補正時において同矢印の記載を失念したことにより、結果として同矢印が削除されたことになったが、動作が同じであることは特許明細書の記載から明らかであるから、この矢印削除によって本件発明の構成が出願当初の発明に対して拡張されたものになっていることはない。
<5> 「リフレッシュ」について
乙第3号証の195頁、乙第6号証115頁、乙第9号証1448頁左欄、乙第13号証137頁、乙第14号証、乙第15号証及び乙第16号証24頁右上欄から、ブラウン管表示器を表示器としたときのリフレッシュ技術は、周知技術である。
このように、同技術について出願前技術常識であるとした審決に違法はない。
<6> 「スイッチ」について
原告指摘の当初明細書の記載は、2つの装置を意味するものではない。
乙第17号証250頁右下欄には、ファンクションキーの操作により画面を切替表示することについて示されている。また、画面を切り換え表示するという思想については、表示部を備えた装置、例えばTV装置等においてきわめて当たり前のこととして一般に認識されており、CRTモニターを用いるコンピュータシステムにおいても、入力メニューの選択画面、出力画面の選択等、画面の選択を行えるようにしてあるのは当然である。したがって、画面表示の切り換えをスイッチで行うことは、周知である。
<7> 「制御部」について
(a) 乙第1号証3頁には、「TMS9900マイクロ・プロセッサーはNチャネル・シリコン・ゲートMOS技術を駆使して製作された単一チップ16ビットの中央処理装置(CPU)であり・・・」と説明され、マイクロプロセッサがCPUであることを明示している。また、乙第3号証172頁には、マイクロプロセッサがマイクロコンピュータの中央処理装置(CPU)であることが示されている。また、乙第18号証の第3図のCPU11は明細書中ではマイクロプロセッサ装置11と表現されている。これらにより、CPUとしてマイクロプロセッサが用いられることは周知である。
(b) マイクロプロセッサの制御に命令セットが使われるものであることは出願前周知事項である(乙第1号証3頁、乙第2号証22頁、第3号証181頁)。この補正により、特許請求の範囲に記載されている技術的事項が実質的変化を受けるものでもない。
(c) また、マイクロプロセッサを構成する論理回路や命令発生回路等を個々(ディスクリート)の回路要素で構成することは、コンピュータ自体の要素を個々の回路要素で構成することであるから、マイクロプロセッサに代えて電子計算機をそのように構成することは当業者とって自明なことであり、この補正により、特許請求の範囲に記載されている技術的事項が実質的変化を受けるものでない。すなわち、乙第12号証の956頁ないし958頁には、各世代における電子計算機として第0世代から現代までに半導体がどのように使用されてきたかが記載され、第2世代ではトランジスタによるミニコンピュータが出現し、第3世代では集積回路を用いたコンピュータが出現し、現代(1970年~)においてマイクロプロセッサを用いた各種電子機器が実用されるようになった旨の記載がある。このように、マイクロプロセッサは突然現れたものではなく、トランジスタ→集積回路(IC)→マイクロプロセッサと変わってきたのであり、トランジスタや集積回路(IC)等のディスクリート部品(個別部品)を用いてコンピュータを構成することは、マイクロプロセッサ出現以前にコンピュータを構成する一般的技術であるから、ディスクリート部品(個別部品)を用いてコンピュータを構成することは周知技術である。
<8> 「表示用記憶回路」について
(a) この点の審決の認定、判断に誤りはない。
(b) 操作スイッチの入力設定がない場合には、それまでに設定されている内容に基づいて表示用記憶回路に航跡記憶の書込みが行われることが、審決に引用された当初明細書中の記載から明らかである。操作スイッチの入力が全くない場合には、表示のための何らかの設定が必要であるから、該設定内容が事前に記憶されていることは自明のことである。すなわち、表示用記憶回路に航跡記録の書込みが行われることは、そのこと自体、縮尺率等が設定されていることであるから、その縮尺率等の入力設定がない場合には一定の縮尺率に基づいて書込みが行わなければならないのであり、このようなことは技術的常識である。また、上記かっこ書を追加補正したからといって、特許請求の範囲に記載されている技術的事項が実質的変化を受けるものでない。
(c) 乙第4号証219頁に、「利用者が入力より与えるプログラムおよびデータなど毎回変化するものは、RAMに記憶されなければならない」と記載され、入力データはRAMに記憶されることが示されている。なお、マイクロプロセッサを用いた装置では、処理がプログラムによって行われる以上、スイッチ類の入力データがどこかに記憶されなければならないことになるが、記憶部としてRAMが用いられるのであるから、同入力データがRAMに記憶されることは当然のことである。
第4 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)及び同3(審決の理由)については、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1について
<1> 原告は、審決は「マーカ表示要素」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、当初明細書の記載(甲第2号証6頁2行ないし6行、6頁9行ないし11行、5頁4行ないし8行、7頁5行ないし11行、7頁13行ないし8頁4行)、並びに、特許明細書の記載(甲第5号証訂41頁17行、18行、)及び当初明細書の記載(甲第2証9頁6行ないし8行、9頁15行ないし19行、10頁6行ないし11行、10頁16行ないし20行、4頁3行)を引用しているが(審決書6頁7行ないし7頁19行、同8頁6行ないし9頁15行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある旨主張する。
しかしながら、特許明細書の「自船の航行位置の変位に応じて表示面1上の現在位置2’も移動するようになっている。現在位置2’が移動しても、上記マーカ表示要素はいずれもそれに追従しない。」(訂正公告公報訂41頁18行ないし20行)(審決書5頁16行ないし6頁2行)との補正に要旨変更がある(審決書3頁12行ないし18行)との申立てが特許法153条2項にいう「理由」に当たるものであり、上記「理由」の判断に当たって理由付けとして使用された上記当初明細書の記載等は上記「理由」には当たらないから、上記当初明細書の記載等につき意見を述べる機会の付与等を規定する特許法153条2項の適用はないといわなければならない。
<2> 原告は、審決は「ROM、RAM」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、当初明細書の記載(甲第2号証5頁17行ないし19行、6頁5行、6行、7頁5行ないし11行)の引用(審決書13頁8行ないし末行)と「書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知」であること(審決書14頁5行、6行)、並びに、当初明細書の記載(甲第2号証6頁9行ないし11行、8頁14行ないし9頁4行、9頁13行ないし10頁3行、10頁16行ないし20行、4頁3行)の引用(審決書14頁17行ないし16頁6行)と「書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知」であること(審決書16頁18行、19行)を理由に挙げているが、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある旨主張する。
しかしながら、特許明細書及び図面の「ROM24は、上記CPU23の制御手段および文字パターンコードを記憶するメモリで、本実施例では16Kバイトの容量を持っている。また蓄積記憶回路25、表示用記憶回路26はそれぞれ航行装置20からの測定結果に基づいて所定時間内の航行位置の位置変化を即ち、航法装置20からの測定結果に基づいて絶対航行位置を航跡データとして蓄積記憶するRAMと、蓄積記憶回路の記憶内容を読み込み、さらに地図上の緯度、経度線およびカーソル線等の航行位置を認識するためのマーカ表示要素のデータを記憶する別のRAMによって構成されている。」(訂正公告公報訂43頁14行ないし19行)の記載及び第3図における「ROM24」との補正に要旨変更がある(審決書3頁12行ないし18行)との申立てが特許法153条2項にいう「理由」に当たるものであり、上記「理由」の判断に当たって理由付けとして使用された上記当初明細書の記載等は上記「理由」には当たらないから、上記当初明細書の記載等につき意見を述べる機会の付与等を規定する特許法153条2項の適用はないといわなければならない。
<3> 原告は、審決は「幾何的に対応、矢印」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、特許明細書の記載(甲第5号証訂43頁37行ないし42行)の記載内容と、「「幾何的に対応する」の文言は、表示用記憶回路26の各記憶素子とブラウン管表示器27の各画素とが相互に対応した位置関係にあることを表している」との解釈から語句の認定をし(審決書18頁15行ないし19頁10行)、当初明細書の記載(甲第2号証4頁5行ないし8行)を引用しているが(審決書20頁2行ないし6行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある旨主張する。
しかしながら、特許明細書及び図面の「RAMである表示用記憶回路26の記憶内容は、ブラウン管表示器27の表示位置に幾何的に対応するようにされ、・・・・シフトレジスタ28への表示データの転送はブラウン管表示器27の走査信号に同期して行われる。」(訂正公告公報訂43頁20行ないし26行)の記載及び第3図において「水平、垂直走査回路への入力線」を入力方向矢印がないものとした(審決書17頁12行ないし18頁8行)補正に要旨変更がある(審決書3頁12行ないし18行)との申立てが特許法153条2項にいう「理由」に当たるものであり、上記「理由」の判断に当たって理由付けとして使用された上記当初明細書の記載等は上記「理由」には当たらないから、上記当初明細書の記載等につき意見を述べる機会の付与等を規定する特許法153条2項の適用はないといわなければならない。
<4> 原告は、審決は「リフレッシュ」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、当初明細書の記載(甲第2号証4頁5行ないし8行、5頁4行ないし8行)を引用しているが(審決書21頁7行ないし17行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある旨主張する。
しかしながら、特許明細書の「表示用記憶回路26に記憶されるデータは、カウンタ30、31によって常時スキャンニングされ、ブラウン管表示器27の表示状態のリフレッシュが継続される」(訂正公告公報訂43頁43行、44行)(審決書21頁1行ないし6行)との補正に要旨変更がある(審決書3頁12行ないし18行)との申立てが特許法153条2項にいう「理由」に当たるものであり、上記「理由」の判断に当たって理由付けとして使用された上記当初明細書の記載等は上記「理由」には当たらないから、上記当初明細書の記載等につき意見を述べる機会の付与等を規定する特許法153条2項の適用はないといわなければならない。
<5> 原告は、審決は「スイッチ」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、当初明細書の記載(甲第2号証7頁15行ないし18行)の引用と「ブラウン管表示器において表示画面の切り換えをスイッチで行うようにすることは、この出願前周知」であることを理由に挙げているが(審決書22頁18行ないし23頁6行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある旨主張する。
しかしながら、特許明細書の「縮小、拡大はブラウン管表示器27の画面中心点を基準にして行われるが、図示しないスイッチにより航跡2の現在位置2’を基準にして行わせることもできる。」(訂正公告公報訂45頁20行ないし22行)(審決書22頁12行ないし17行)との補正に要旨変更がある(審決書3頁12行ないし18行)との申立てが特許法153条2項にいう「理由」に当たるものであり、上記「理由」の判断に当たって理由付けとして使用された上記当初明細書の記載等は上記「理由」には当たらないから、上記当初明細書の記載等につき意見を述べる機会の付与等を規定する特許法153条2項の適用はないといわなければならない。
<6> 原告は、審決は「制御部」の解釈に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、特許明細書の記載(訂正公告公報訂43頁9行)により理由づけを行っているが(審決書24頁3行ないし5行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある旨主張する。
しかしながら、特許明細書の「CPU23の制御、処理ないよう説明したが、・・・またディスクリートな回路要素で構成してもよい。」(訂正公告公報訂47頁2行ないし4行)(審決書23頁15行ないし24頁2行)との補正に要旨変更がある(審決書3頁12行ないし18行)との申立てが特許法153条2項にいう「理由」に当たるものであり、上記「理由」の判断に当たって理由付けとして使用された上記訂正公告公報の記載等は上記「理由」には当たらないから、上記当初明細書の記載等につき意見を述べる機会の付与等を規定する特許法153条2項の適用はないといわなければならない。
<7> 原告は、審決は「表示用記憶回路」に関し、要旨変更となる補正に当たらないことの理由として、当初明細書の記載(甲第2号証6頁9行ないし13行、6頁19行ないし7頁3行、7頁11行ないし15行、8頁8行ないし13行、8頁14行ないし17行)の引用と、「時間設定スイッチ20、縮小、拡大スイッチ21、画面移動スイッチ22等の操作スイッチにより設定が行われた場合、既に設定されている出力を変更設定し、その変更設定された出力に応じて表示用記憶回路14に航跡記録の書込みを行う」との理由と、「電子計算機を用いる装置において、操作スイッチの入力データをRAMに記憶させるようなことは、出願前周知」である理由を挙げているが(審決書26頁1行ないし27頁18行)、この「理由」について原告に意見を述べる機会を与えていない審判手続には、特許法153条2項に違反する違法がある旨主張する。
しかしながら、特許明細書の「操作スイッチからの入力があると、……(中略)……その位置に記憶」(訂正公告公報訂47頁10行ないし16行)(審決書25頁7行ないし10行)との補正に要旨変更がある(審決書3頁12行ないし18行)との申立てが特許法153条2項にいう「理由」に当たるものであり、上記「理由」の判断に当たって理由付けとして使用された上記当初明細書の記載等は上記「理由」には当たらないから、上記当初明細書の記載等につき意見を述べる機会の付与等を規定する特許法153条2項の適用はないといわなければならない。
<8> 以上のとおり、原告主張の取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 「マーカ表示要素」に関する認定の誤りについて
(a) 現在位置の移動について
甲第2号証によれば、当初明細書には、「この発明は、・・・その測定結果に基ずいて自船の航跡記録をブラウン管表示器上に表示される装置に関する。」(3頁4行ないし8行)、「電子計算機19は航行位置の測定結果に基ずいて、航行位置の緯度、経度を計算した後蓄積記憶回路16に記憶させる。蓄積記憶回路16は、一定時間内における航行位置の位置変化を順次更新しながら記憶する。」(6頁2行ないし6行。この記載は当事者間に争いがない。)、「電子計算機19は、設定された時間毎に蓄積記憶回路16の記憶内容を読み出して表示用記憶回路14に書込む。」(同7頁1行ないし3行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、自船が変位する毎にその位置情報が蓄積記憶回路に記憶され、更にその内容が表示用記憶回路に記憶されるものであって、表示用記憶回路から自船の航跡記録がブラウン管表示器上に表示されるものと解される。さらに、甲第2号証によれは、当初図面の第1図に表示画面1上に自船の航行位置と航跡2が描かれていることが認められ、甲第13号証及び甲第15号証の各1ないし8によれば、移動体(自船)の位置変位に応じて表示画面上の現在位置を移動させる技術自体は、この出願時における周知技術であると認められる。以上によれば、表示画面上の現在位置2’は自船の航行位置の変位に応じて移動すると考えるのが自然であり、このことが当初明細書及び図面に記載されていたと認められる。
そうすると、「当初明細書に記載されたものの表示面1上の現在位置2’は、縮小、拡大をブラウン管表示器1の画面中心点を基準にして行なうように設定している場合には、自船の航行位置の変化に応じて移動するようになっていると解される。」との審決の認定に誤りはなく、「自船の航行位置の変位に応じて表示画面1上の現在位置2’も移動するようになっている。」(訂正公告公報訂41頁18行、19行)との補正が要旨変更に当たるとの原告の主張は採用できない。
(b) マーカ表示要素の追従について
甲第2号証によれば、当初明細書の特許請求の範囲には、「該航法装置の測定結果に基ずいて得られる一定時間内の航跡記録と該航跡が記録される地図上の緯度、経度及び上記記録された航行位置を読取るためのカーソル線とを表示するブラウン管表示器」(1頁6行ないし9行)と記載されていることが認められ、発明の詳細な説明に「電子計算機19は、このとき、表示される航跡を含む一定範囲内の緯度、経度線を計算して、緯度、経度線に対応する表示用記憶回路14の記憶素子に書込みを行なう。」(8頁17行ないし9頁1行)と記載されていることは、当事者間に争いがない。また、甲第2号証によれば、当初図面の第1図に、現在位置及び航跡2とマーカ表示要素の一つである緯度線3、経度線4との関係が示され、自船の航行位置の変化を示す航跡2が示されていることが認められるが、自船の現在位置が移動したときに、緯度線3、経度線4も追従するとすれば、その線はもはや緯度、経度線にならないことは明らかであるから、航行位置が移動しても、緯度、経度線はそれに追従することはないと認めるべきである。これに反する原告の主張は採用できない。
なお、この点の補正は、出願公告後の昭和63年12月13日付け手続補正書によるものであるが、この補正の内容は、特許法第64条1項3号の明瞭でない記載の釈明に該当し、かつ、同条2項の実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないとの要件も満たすと認められる。
したがって、「当初明細書に記載されたものは、縮小、拡大をブラウン管表示器1の画面中心点を基準にして行なうように設定している場合には、現在位置2’が移動しても、上記マーカ表示要素はいずれもそれに追従しないと解される。」との審決の認定に誤りはなく、「現在位置2’が移動しても、上記マーカ表示要素はいずれもそれに追従しない。」(訂正公告公報訂41頁19行、20行)との補正が要旨変更に当たるとの原告の主張は採用できない。
<2> 「マイクロプロセッサ」に関する認定の誤りについて
乙第1号証(「TMS9900 マイクロ・プロセッサデータ・マニュアル CB-183A」テキサス インスツルメンツ アジアリミテツド 1976年10月発行)によれば、テキサスインスツルメンツ社製の16ビットマイクロプロセッサTMS9900は本件発明の出願前周知であったことが認められ、特許明細書中の「テキサスインスツルメント社製の16ビットマイクロプロセッサTMS9900が用いられる。」(訂正公告公報訂43頁9行、10行)との記載は、例示として記載されたものと認められる。
次に、乙第1号証(図-18及び図-19)、乙第3号証(マイクロプロセッサ教育研究会編「マイコン用語辞典」電波新聞社 昭和53年10月30日発行)195頁、乙第4号証(樹下行三著「マイクロコンピュータ〔I〕」株式会社エレクトロニクスダイジェスト 1977年5月25日発行)158頁及び乙11号証(宇都宮敏男編「半導体回路マニュアル」株式会社オーム社 昭和50年11月20日発行)824頁の図18・34によれば、電子計算機において、インターフェイス、ROM及びRAMとCPUとの接続が、データ授受を行うデータバスDnや、メモリアドレス指定やチップセレクトを行うアドレスバスAnや、コントロールバスCnによって行われることは、この出願前周知であったことが認められ、特許明細書中の「上記インターフェイス21、22、および後述のROM、RAMは上記のCPU23に、データ授受を行うデータバスDn、メモリアドレス指定やチップセレクトを行うアドレスバスAn、およびコントロールバスCnによって接続される。」(訂正公告公報訂43頁11行ないし13行)との記載も、例示として記載されたものと認められる。
そして、これらの記載は、本件特許請求の範囲の解釈に記載されている技術的事項に変更をもたらすものではないと認められる。
したがって、特許明細書中のマイクロプロセッサに関する記載が要旨変更に当たらないとの審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
<3> 「ROM、RAM」に関する認定、判断の誤りについて
(a) 制御手順を記憶するROMについて
甲第2号証によれば、当初明細書に「蓄積記憶回路16は一定時間内における航行位置の位置変化を順次更新しながら記憶する。」(6頁5行、6行)と記載されていることが認められ、当初明細書に「蓄積記憶回路16は、航行位置の記憶の他に、文字、数字等のパターンも定性的に記憶している。」(甲第2号証6頁7行、8行)と記載されていることは、当事者間争いがない。これらの記載によれば、蓄積記憶回路16には、「順次更新しながら記憶する」読込み可能なメモリと、「文字、数字等のパターンも定性的に記憶」するメモリとがあるものと認められる。
上記記載箇所には、「制御手順を記憶するROM」についての記載は見当たらないが、乙第1号証図-18及び図-19によれば、一般に電子計算機に接続される記憶回路として、読出し専用のメモリであるROMと書込み可能のメモリであるRAMが用いられることはこの出願前周知のことであると認められる。また、乙第4号証159頁、219頁によれば.文字、数字等のパターンは固定した定数であるから、これをROMに記憶すること、及び、途中で書換えることがない制御手順をROMに記憶させておくことは、周知のことであると認められる。
これらの事実によれば、特許明細書及び図面の「ROM24は、上記CPU23の制御手段および文字パターンコードを記憶するメモリで、」との記載、及び第3図の「ROM24」の記載は、当初明細書に接する当業者にとって自明の事項を記載したものと認められ、この点の補正に要旨変更はない旨の審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
原告は、当初図面第1図には、CPU19が1つのブロックのみで記載されていることを考慮すると、たとえ制御手順を記憶するメモリを有していたとしても、CPU19の中に設けられていなければならないと主張し、そのことを前提として、特許図面中のROM24はCPU23の中にあるCPU23の制御手順を記憶するメモリとは別のROMである旨主張するが、そのような前提自体認められないから、この点の原告の主張は採用できない。
さらに、原告は、当初明細書及び図面には、「制御手段を記憶するROM」については全く記載がない旨主張するが、原告のこの点の主張は、当初明細書中の上記「蓄積用記憶回路16は、航行位置の記憶の他に、文字、数字等のパターンも定性的に記憶している。」(甲第2号証6頁7行、8行)との記載に照らし、採用できない。
(b) ROM24が16Kバイトの容量を持つことについて
弁論の全趣旨によれば、ROMは4K、8K、16K、32K、64K・・・の容量単位で製造されることが認められるところ、特許明細書中の「ROM24は、・・・本実施例では16Kバイトの容量を持っている。」(訂正公告公報訂43頁14行、15行)との記載は、ROMの容量の例示として、そのうちの1つを選択したにすぎないものと認められ、かつ、その記載は本件特許請求の範囲に記載されている技術的事項に変更をもたらすものではないと認められる。
したがって、この点の補正につき、要旨変更はない旨の審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
(c) 書込み可能なメモリとしてのRAMについて
当初明細書中の蓄積記憶回路16には、「順次更新しながら記憶する」読込み可能なメモリと、「文字、数字等のパターンも定性的に記憶」するメモリとがあること、一般に電子計算機に接続される記憶回路として、読出専用のメモリであるROMと書込み可能なメモリであるRAMが用いられることは周知のことであることは、前記(a)のとおりである。
そうすると、「当初明細書に記載された蓄積用記憶回路16は、書込可能なメモリを有して航法装置17が測定した航行位置に基づき一定時間内の航行位置の位置変化を記憶するものと解される。そして、書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知のことである。」(審決14頁1行ないし6行)との審決の認定、並びに、特許明細書及び図面の「蓄積記憶回路25・・・は・・・航法装置20からの測定結果に基づいて所定時間内の航行位置の位置変化を・・・航跡データとして蓄積記憶するRAM・・・によって構成されている。」(訂正公告公報訂43頁15行ないし19行)ことは、当初明細書に接する当業者にとって自明の事項であると認められ、この点の補正に要旨変更はない旨の審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
(d) 蓄積記憶回路に関する認定の誤りについて
甲第2号証によれば、当初明細書には、「ロラン受信機、オメガ受信機あるいはNNSS受信機等の航法装置を用いて航行位置の測定を行ない」(3頁4行ないし6行)と記載されていることが認められ、弁論の全趣旨によれば、ロラン受信機、オメガ受信機及びNNSS受信機は絶対航行位置を測定するものであることが認められるから、「等」が付されているとはいえ、当初明細書には絶対航行位置を測定することのみが記載されており、そのことは当業者にとって自明のことであると認められる。
そうすると、「絶対航行位置を航行データとして蓄積記憶する」と補正した点は、当初明細書に記載された航跡データとして絶対航行位置を使用することを明瞭にしたものと認められる。
したがって、これと同旨の審決の判断(審決書14頁7行ないし16行)、並びに、「絶対航行位置」の点の補正が要旨変更にならないとの審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
(e) 表示用記憶回路に関する判断の誤り
当初明細書に「記憶回路16の記憶内容は、電子計算機19によって一定時間毎に読み出されて表示用記憶回路14に書き込まれる」(甲第2号証6頁9行ないし11行)と記載されていることは当事者間に争いがなく、一般に電子計算機に接続される記憶回路として、読出し専用のメモリであるROMと書込み可能のメモリであるRAMが用いられることは周知のことであることは、前記(a)のとおりであるから、「当初明細書の上記記載からみて、当初明細書に記載された表示用記憶回路14は、記憶のための書込可能なメモリを有するものと解される。そして、書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知のことである。」(審決書16頁15行ないし19行)との審決の認定に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
<4> 「幾何的に対応する」、「矢印の削除」に関する要旨変更について
(a) 「幾何的に対応する」の認定について
特許明細書の記載事項(審決書18頁9行から19頁6行「の記載」まで)は、当事者間に争いがない。この事実によれば、特許明細書中の「幾何的に対応する」との文言は、表示用記憶回路26の各記憶素子とブラウン管表示器27の各画素とが相互に対応した位置関係にあることを表していると認められる。
当初明細書の記載事項(審決書19頁11行から20頁7行「ており、」まで)は、当事者間に争いがない。この事実によれば、特許明細書における上記「幾何的に対応する」との記載は、上記当初明細書に記載されたことを表したものと認められる。
原告は、特許明細書における「幾何的に対応する」とは、「立体幾何的という広い意味の範囲においても対応する」ことを意味する旨主張するが、被告の別件東京高等裁判所平成7年(行ケ)第25号審決取消請求事件における主張や、特許明細書で上記「幾何的に対応する」との表現が採用されたこと等をもって、特許明細書における「幾何的に対応する」が当初明細書における意味と異なる意味を有するに至ったと解することはできず、この点の原告の主張は採用できない。
したがって、「幾何的に対応する」との補正が要旨変更にならないとの審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
(b) 「矢印の削除」について
当初明細書に「10は水平、垂直走査回路で、ブラウン管表示器1の電子ビームの水平、垂直走査を行なう。この水平、垂直走査は水平走査カウンタ11、垂直走査カウンタ12の計数動作に同期して行なわれる。」と記載されていることは、前記のとおり当事者間に争いがない。この記載によれば、当初明細書における水平走査カウンタ、垂直走査カウンタと水平、垂直走査回路間の信号の流れは、垂直走査カウンタから水平、垂直走査回路への方向となることが認められる。そして、甲第5号証によれば、訂正公告公報には「29は水平、垂直走査回路で、ブラウン管表示器27の電子ビームの水平、垂直走査を行う。この水平、垂直走査は水平走査カウンタ30、垂直走査カウンタ31の計数動作に同期して行われる。」(訂43頁28行、29行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、水平走査カウンタ及び垂直走査カウンタと水平、垂直走査回路間の信号の流れは、当初明細書におけると同様に、水平走査カウンタ及び垂直走査カウンタから水平、垂直走査回路への方向となることが認められる。したがって、特許図面の第3図において水平、垂直走査回路への入力線を入力方向矢印のないものとしたことにより、信号の流れが当初明細書及び図面に記載されたものと変わったとは認められない。
したがって、矢印を除去した補正に要旨変更はない旨の審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
<5> 「リフレッシュ」に関する認定の誤りについて
当初明細書の記載事項(審決書21頁7行から17行「記載されている。」まで)は、当事者間に争いがない。
乙第3号証195頁(「リフレッシュ・サイクル」の項)によれば、「CRT表示では電子ビームで画面に書き込んだ図形や文字はすぐに消失する・・・ので、たえず・・・書き直しを繰り返えしている。」ことが認められ、乙第9号証(電子通信学会編「電子通信ハンドブック」株式会社オーム社
昭和54年3月30日発行 1448頁左欄11行ないし13行)によれば、「通常のCRTでは繰返し表示のためのメモリ(これをリフレッシュメモリと呼ぶ)が必要であ」ることが認められるから、「ブラウン管表示において、表示をリフレッシュしなければその表示が消えてしまうこと、また、その表示を消さないようにするために、表示用記憶回路を常時スキャンニングして表示データを送るようにすることは、この出願前技術常識である。」(審決21頁17行ないし22頁3行)との審決の認定に誤りはない。
したがって、特許明細書の記載(訂正公告公報訂43頁43行、44行)は、当初明細書に接する当業者にとって自明の事項であると認められ、この点の補正に要旨変更はない旨の審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
<6> 「スイッチ」に関する認定の誤り
当初明細書の記載事項(審決書22頁18行から23頁4行「れている。」まで)は、当事者間に争いがない。甲第2号証によれば、当初図面第1図には1つの航跡記憶装置が示されていることが認められるから、上記当初明細書中の記載は、1つの航跡記憶装置において、縮小、拡大はブラウン管表示器1の画面中心点を基準にして行われるが、航跡記憶2の現在位置2’を基準にして行わせることもできることを意味しているものと認められる。
そして、当初明細書には1つの航跡記憶装置が記載されていると解される以上、ブラウン管表示器において表示画面の切り換えをスイッチで行うようにすることは、本件出願前周知であると認められる。
したがって、特許明細書の記載(訂正公告公報訂45頁20行ないし22行)は、当初明細書に接する当業者にとって自明の事項であると認められ、この点の補正に要旨変更はない旨の審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
<7> 「制御部」に関する認定の誤りについて
(a) マイクロプロセッサについて
特許明細書に「制御部はCPU23のマイクロプロセッサで構成され」(審決書24頁3行ないし5行)と記載されていることは、当事者間に争いがない。
乙第3号証によれば、同号証の172頁マイクロプロセッサの項に、「(1)マイクロコンピュータの中央処理装置(CPU)をいう。コンピュータの論理的処理機能の中心であるプロセッサ部分・・・」と記載されていることが認められ、この記載によれば、「上記(7)の記載中の「制御部」はCPU23のマイクロプロセッサで構成される部分と解する」との審決の認定に誤りはなく、これに反する原告の主張は採用できない。
(b) 命令セットについて
特許明細書中の「テキサスインスツルメント社製の16ビットマイクロプロセッサTMS9900が用いられる。」との補正が要旨変更にならないことは、前記<2>のとおりである。
乙第1号証(3頁3行ないし5行)によれば、同号証では「TMS9900マイクロ・プロセッサーは、・・・単一チップ16ビットの中央処理装置(CPU)であり、・・・その命令セットは完全なミニコンピューターの機能をもっています」と説明されていることが認められ、マイクロプロセッサ(CPU)の制御が命令セットにより行われることが示されている。また、乙第3号証(181頁)によれば、同号証の命令セットの項に「あるコンピュータに含まれる命令の“組”をいう」と記載されていることが認められ、この記載によれば、CPUの制御がマイクロプロセッサの命令セットで行われることは周知であることが認めれる。
そうすると、特許明細書の「CPU23の制御、処理内容を説明したが、これらは、使用するマイクロプロセッサの命令セットにより具体的にプログラミングしていけばよい。」(訂正公告公報訂47頁2行、3行)との補正は、例示したマイクロプロセッサのプログラミングを説明したものであり、かつ、この補正は本件特許請求の範囲に記載されている技術的事項に変更をもたらすものではないと認められる。
したがって、命令セットの点(訂正明細書47頁2行、3行)の補正に要旨変更はない旨の審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
(c) ディスクリートについて
弁論の全趣旨によれば、マイクロプロセッサを構成する論理回路や命令発生回路等を個々(ディスクリート)の回路要素で構成することは、コンピュータ自体の要素を個々の回路要素で構成することであるから、マイクロプロセッサに代えて電子計算機をそのように構成することは当業者とって周知のことであると認められ、特許明細書の「制御部はミニコンピュータで構成してもよく、またディスクリートな回路要素で構成してもよい。」(訂正公告公報訂47頁3行、4行)との記載は、制御部の他の構成例として、この出願前周知の手段を例示したものと認められる。
そして、この補正は本件特許請求の範囲に記載されている技術的事項に変更をもたらすものではないと認められる。
そうすると、ディスクリートの点(訂正公告公報訂47頁4行)の補正に要旨変更はない旨の審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
<8> 「表示用記憶回路」に関する認定の誤りについて
(a) スイッチデータについて
原告は、当初明細書には「スイッチの入力データを生成」する旨の記載が全くなく、その生成が、どの回路で生成されるかについても記載がない旨主張するが、甲第2号証によれば、当初明細書には「記憶回路16の記憶内容は、電子計算機19によって一定時間毎に読み出されて表示用記憶回路14に書込まれるが、この書込み動作は、時間設定スイッチ20、縮小、拡大スイッチ21、画面移動スイッチ22に基ずいて行なわれる。」(6頁9行ないし13行)、「スイッチデータを生成」については、「時間設定スイッチ20の設定時間信号」(6頁19行)、「縮小、拡大スイッチ21の設定出力」(7頁11行、12行)、「画面移動スイッチ22の移動信号」(8頁8行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、スイッチの入力データを生成することは、当初明細書に接する当業者にとって自明な事項であると認められる。さらに、スイッチの入力データが「どのような回路」で生成されるかについては、特許明細書の「操作スイッチからの入力があると、ステップn1において操作されたスイッチの入力データを生成し、」(訂正公告公報訂47頁10行)との記載は、スイッチデータの生成回路の例示として記載されたものと認められ、かつ、この補正は本件特許請求の範囲に記載されている技術的事項に変更をもたらすものではないと認められる。
次に、原告は、「スイッチの入力データを記憶」する構成が当初明細書に記載されておらず、更に、「図示しないRAMエリアに記憶」とは、蓄積記憶回路25のRAMのほかに、もう1つ別のRAMがあり、そのRAMのエリアに記憶する意味であるが、こうした記憶部分を設けることについては、当初明細書と当初図面第1図にはそのようなRAMがあることさえも記載されていない旨主張する。
しかしながら、弁論の全趣旨によれば、電子計算機においては入力データを一時的に格納するメモリ(RAM)が必須であるから、図示されていなくても、そのようなRAMは当初明細書に接する当業者にとって自明のことと認められる。
したがって、審決のこの点(審決書25頁11行ないし18行)の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
(b) 操作スイッチの入力データについて
操作スイッチの入力設定がない場合には、表示のための何らかの設定が必要であると考えられるから、その設定内容が事前に記憶されており、その記憶内容に基づいて表示用記憶回路に航跡記憶の書込みが行われると考えるのが自然であり、このことは、当初明細書に接する当業者にとって自明のことと認められる。
したがって、特許明細書中の「(操作スイッチの入力がない場合は予め定めたデータに基づいて)」(訂正公告公報訂47頁15行)の記載は、当初明細書に接する当業者にとって自明の事項であると認められ、この点の補正に要旨変更はない旨の審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張は採用できない。
(c) 操作スイッチデータをRAMに記憶させることについて
乙第4号証(219頁)によれば、入力データはRAMに記憶されることは周知であると認められ、この点の審決の認定に誤りはない。
したがって、特許明細書の記載(訂正公告公報訂47頁10行ないし16行)が要旨変更になる補正に当たるとは認められない旨の審決の判断に違法はなく、この点の原告の主張は採用できない。
<9> 以上のとおり、上記の各補正が要旨変更に当たらないとの審決の判断に誤りはないから、本件発明の出願日の繰り下がりはなく、甲第5ないし第7号証(審決時の書証番号)は、本件発明の出願後に公知の刊行物となるから、本件発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとすることができない旨の審決の判断(審決書28頁12行ないし29頁1行)にも誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
平成7年審判第1018号
審決
東京都品川区上大崎2丁目10番45号
請求人 株式会社光電製作所
西宮市芦原町9番52号
被請求人 古野電気 株式会社
大阪府大阪市中央区谷町2丁目3番8号 ピジョンビル6F 小森特許事務所
代理人弁理士 小森久夫
上記当事者間の特許第1516845号発明「航跡記録装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
本件特許第1516845号発明(以下、本件発明という。)は、昭和54年4月27日に出願され、昭和61年9月24日に出願公告(特公昭61-42802号公報参照)された後、平成1年9月7日にその特許の設定の登録がなされたものであって(以下、特許の設定の登録がなされた明細書及び図面を、特許明細書及び図面という。)、その特許請求の範囲には、次の通りのものが記載されてる。
「航行位置を測定する航法装置の測定結果に基づいて絶対航行位置を航跡データとして蓄積記憶する蓄積記憶回路と、該蓄積記憶回路に記憶している航跡データに基づいて、航行位置を認識するための、地図上の緯度、経度線等の、自船の現在位置の変化に追従しないマーカ表示要素のデータを生成するマーカ表示要素データ生成手段と、表示器と、前記表示器の表示画面上の各表示位置に幾何的に対応する記憶部を有し、前記マーカ表示要素データ生成手段で生成されたデータと前記蓄積記憶回路に記憶されている航跡データとを前記表示器の表示画面上の表示位置となる記憶部に記憶する表示用記憶回路と、画面移動スイッチおよび画面の縮小、拡大スイッチを含み、前記表示用記憶回路に記憶されているデータを任意の方向へ移動させる等表示用記憶回路の記憶状態を変えることによって前記表示器での表示状態を所望の状態に設定することを指示する操作スイッチ入力部と、を備えてなる航跡記録装置。」
これに対して、本件請求人は、「特許第1516845号の特許は無効とする。」との審決を求め、その理由の要点として次の通り主張している。
即ち、無効審判請求書において、「本件発明は、甲第2号証の出願当初の明細書(以下、原明細書という)および図面(以下、原図面という)の記載内容が、甲第1号証による特許時の明細書内容では、次の各技術事項において、著しく変更されているものであり、これらの変更は、実質的に、本件発明の要旨を変更しているものである。」(第2頁第14~17行)とし、特許明細書及び図面の記載から上記の各技術事項を8項に分けて摘示し、「上記の各要旨変更となる補正は、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした甲第4号証の昭和60年3月25日付手続補正書にもとづく補正であるから特許法第40条の規定により、その特許出願は、その補正について手続補正を提出した時にしたものとみなされ、出願日が繰下られるべきものである。このように、出願日が昭和60年3月25日に繰下られることにより、本件特許発明は、その出願前に頒布された刊行物甲第5号証、甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明における所要の構成部分を単に選択的に組み合わせて、これら甲各号証と同一の目的を果たすものに過ぎないので、本件特許発明は、これら甲各号証に基づいて当業者が容易に発明なし得たものであり、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるので、本件特許は同法第123条第1項第1号に該当するため無効とすべきである。」(第5頁第26行~第6頁第8行)と主張している。
ここで、上記の理由の要点の中に引用記載している特許法の条項は、平成2年改正特許法の条項と解する。
また、上記の理由の要点の中に記載されている「甲第1号証、甲第2号証、甲第4号証、甲第5号証、甲第6号証及び甲第7号証」は、それぞれ、本件特許の訂正公告公報、本件特許の出願当初の願書、明細書および図面、本件特許の昭和60年3月25日付手続補正書、特開昭54-102891号公報、特開昭55-146006号公報及び特開昭57-56705号公報のことである。
そこで、先ず、本件請求人が8項に分けて摘示した特許明細書及び図面の記載が、願書に添付した明細書及び図面(以下、当初明細書及び図面という)の要旨を変更する補正であるか否かについて検討する。
(1)特許明細書の「自船の航行位置の変位に応じて表示面1上の現在位置2’も移動するようになっている。現在位置2’が移動しても、上記マーカ表示要素はいずれもそれに追従しない。」(第7頁第17~19行(訂正公告公報第41頁第18~20行))
(なお、「現在位置2’が移動しても、上記マーカ表示要素はいずれもそれに追従しない。」は、昭和63年12月13日付提出の手続補正書により追加挿入)の記載について、
当初明細書には、「電子計算機19は航行位置の測定結果に基ずいて、航行位置の緯度、経度を計算した後蓄積記憶回路16に記憶させる。蓄積記憶回路16は一定時間内における航行位置の位置変化を順次更新しながら記憶する。」(第6頁第2~6行)こと、「記憶回路16の記憶内容は、電子計算機19によって一定時間毎に読み出されて表示用記憶回路14に書込まれる」(第6頁第9~11行)こと、
「表示用記憶回路14は、ブラウン管表示器1上に表示される画素数と同数の記憶容量を有し、ブラウン管表示器1の走査位置に対応する記憶素子の記憶内容が水平走査カウンタ11、垂直走査カウンタ12の計数値によって読み出される。」(第5頁第4~8行)こと、「表示用記憶回路14の各記憶素子に、蓄積用記憶回路16の対応する記憶素子の記憶内容を全て書込んだとき、拡大率は最大になる。そして、表示用記憶回路14の各記憶素子に順に書込んだときに、蓄積用記憶回路16の記憶素子を間引きながら書込むと、間引く割合が大きくなるに従って縮小率が増大する。」(第7頁第5~11行)こと、及び、「電子計算機19は設定された縮尺率に応じて蓄積用記憶回路16の記憶内容を表示用記憶回路14へ書込む。このとき、縮小、拡大はブラウン管表示器1の画面中心点を基準にして行なわれるが、航跡記憶2の現在位置2’を基準にして行なわせることもできる。現在位置2’を基準にして拡大、縮小を行なわせる場合は、蓄積用記憶回路19から自船の現在位置を電子計算機19に読み出させて、ブラウン管表示器1の中心点に対応する表示用記憶回路の記憶素子に自船の現在位置が書込まれるように、電子計算機19に演算を行なわせればよい。」(第7頁第13行~第8頁第4行)ことが記載されており、これらの記載からみて、当初明細書に記載されたものの表示面1上の現在位置2’は、縮小、拡大をブラウン管表示器1の画面中心点を基準にして行なうように設定している場合には、自船の航行位置の変位に応じて移動するようになっていると解される。
また、特許明細書の「表示面1上には、航跡2、マーカ表示要素である緯度、経度線3、4、同じくマーカ表示要素であるカーソル線5、6、イベントマーク7、緯度、経度表示数値8、9が表示され」(第7頁第14~17行(訂正公告公報第41頁第17~18行))の記載からみて、「マーカ表示要素」は、緯度、経度線、カーソル線、イベントマーク、緯度、経度表示数値であると認められるが、当初明細書には、「電子計算機19は、このとき、表示される航跡を含む一定範囲内の緯度、経度線を計算して、緯度、経度線に対応する表示用記憶回路14の記憶素子に書込みを行なう。」(第8頁第17行~第9頁第1行)こと、「カーソル線5、6は、カーソル移動スイッチ23によって上下左右方向に移動し得るようになされている。」(第9頁第6~8行)こと、
「電子計算機19はカーソル記憶信号をシフトさせると同時に、カーソル線5、6がそれぞれ位置する緯度、経度をも計算する。そして、計算した緯度、経度をブラウン管表示器1上に数値8、9で表示する。」(第9頁第15~19行)こと、「カーソル移動スイッチ23を作動させて、カーソル線5、6を移動すると、緯度、経度の表示数値8、9もカーソル線8、9が位置する緯度、経度に対応して変化し、かつ、数値の表示位置もカーソル線5、6の移動に伴って移動する。」(第10頁第6~11行)こと、「パネル操作面にはマークスイッチ24が設けられ、このスイッチ24を作動させることにより、ブラウン管表示器1のカーソル線5、6の交点に矩形のマーク7を表示させることができる。」(第10頁第16~20行)こと、及び、「イベントマーク7」(第4頁第3行)が記載されており、これらの記載と、叙上の表示面1上の現在位置2’に関する当初明細書の記載とを併せてみると、当初明細書に記載されたものでは、縮小、拡大をブラウン管表示器1の画面中心点を基準にして行なうように設定している場合には、現在位置2’が移動しても、上記マーカ表示要素はいずれもそれに追従しないと解される。
したがって、上記(1)の記載は、当初明細書及び図面に記載された内容を逸脱した要旨変更となる補正に当たるとは認められないから、上記(1)の記載に対する本件請求人の上記の主張は採用することができない。
(2)特許明細書の「テキサスインスツルメント社製の16ビットマイクロプロセッサTMS9900が用いられる。上記インターフェイス21、22、および後述のROM,RAM上記CPU23に、データ授受を行うデータバスDn、メモリアドレス指定やチップセレクト」(第11頁第7~13行(訂正公告公報第43頁第9~12行))の記載について、
上記の(2)の記載は、CPU23のマイクロプロセッサとして、この出願前周知であったテキサスインスツルメント社製の16ビットマイクロプロセッサTMS9900を例示したにすぎないものと解されるし、また、電子計算機において、インターフェイスおよびROM,RAMとCPUとの接続が、データ授受を行うデータバスDnや、メモリアドレス指定やチップセレクトを行うアドレスバスAnや、コントロールバスCnによって行われることは、この出願前周知のことであり、上記の(2)の記載は、この周知の接続を記載したものと解される。
したがって、上記(2)の記載は、当初明細書及び図面に記載された内容を逸脱した要旨変更となる補正に当たるとは認められないから、上記(2)の記載に対する本件請求人の上記の主張は採用することができない。
(3)特許明細書及び図面の「ROM24は、上記CPU23の制御手順および文字パターンコードを記憶するメモリで、本実施例では16Kバイトの容量を持っている。また蓄積記憶回路25、表示用記憶回路26はそれぞれ航法装置20からの測定結果に基づいて所定時間内の航行位置の位置変化を即ち、航法装置20からの測定結果に基づいて絶対航行位置を航跡データとして蓄積記憶するRAMと、蓄積記憶回路の記憶内容を読み込み、さらに地図上の緯度、経度線およびカーソル鱒の航行位置を認識するためのマーカ表示要素のデータを記憶する別のRAMによって構成されている。」(第11頁第16行~第12頁第7行(訂正公告公報第43頁第14~19行))の記載、及び、第3図における「ROM24」の記載について、
当初明細書には、「蓄積用記憶回路16は、航行位置の記憶の他に、文字、数字等のパターンも定性的に記憶している。」(第6頁第7~8行)ことが記載されており、この記載からみて、当初明細書に記載された蓄積用記憶回路16は、文字、数字等のパターンを記憶するROMを有するものと解される。そして、電子計算機においてCPUの制御手順を記憶するメモリとしてROMを用いることは、この出願前周知のことである。
してみれば、特許明細書及び図面の上記の「ROM24は、上記CPU23の制御手順および文字パターンコードを記憶するメモリ」の記載、及び、第3図の「ROM24」の記載は、当初明細書に記載された蓄積用記憶回路16の文字、数字等のパターンを記憶するROMと、CPUの制御手順を記憶するROMとをまとめて表したものと解される。
そして、本実施例のROM24が16Kバイトの容量を持っている旨の記載は、ROM24の容量を一例として例示したものと解される。
次に、当初明細書には、「蓄積用記憶回路16は、航法装置17が測定した航行位置に基ずいて、一定時間内の航行位置の位置変化を記憶する。」(第5頁第17~19行)こと、「蓄積用記憶回路16は一定時間内における航行位置の位置変化を順次更新しながら記憶する。」(第6頁第5~6行)こと、及び、「表示用記憶回路14の各記憶素子に、蓄積用記憶回路16の対応する記憶素子の記憶内容を全て書込んだとき、拡大率は最大になる。そして、表示用記憶回路14の各記憶素子に順に書込んだときに、蓄積用記憶回路16の記憶素子を間引きながら書込むと、間引く割合が大きくなるに従って縮小率が増大する。」(第7頁第5~11行)ことが記載されており、これらの記載からみて、当初明細書に記載された蓄積用記憶回路16は、書込可能なメモリを有して航法装置17が測定した航行位置に基づき一定時間内の航行位置の位置変化を記憶するものと解される。そして、書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知のことである。
してみれば、上記の特許明細書の「蓄積記憶回路25……は航法装置20からの測定結果に基づいて所定時間内の航行位置の位置変化を即ち、航法装置20からの測定結果に基づいて絶対航行位置を航跡データとして蓄積記憶するRAM……によって構成される」の記載は、航法装置からの測定結果に基づく一定時間内の航行位置の位置変化を、航法装置からの測定結果に基づく絶対航行位置の航跡データと定義して、上記の当初明細書に記載された蓄積記憶回路を表わしたものと解される。
続いて、当初明細書には、「記憶回路16の記憶内容は、電子計算機19によって一定時間毎に読み出されて表示用記憶回路14に書込まれる」(第6頁第9~11行)こと、「電子計算機19は、……時間設定スイッチ21、縮小、拡大スイッチ21、画面移動スイッチ22の設定出力に応じて、表示用記憶回路14に航跡記憶の書込みを行なう。そして、電子計算機19は、このとき、表示される航跡を含む一定範囲内の緯度、経度線を計算して、緯度、経度線に対応する表示用記憶回路14の記憶素子に書込みを行なう。表示用記憶回路14には、上記のような緯度、経度線の他に、カーソル線の表示信号も書込まれてる。」(第8頁第14行~第9頁第4行)こと、「電子計算機19は、表示用記憶回路14のカーソル記憶信号を移動方向の記憶素子にシフトする。又、電子計算機19は、カーソル記憶信号をシフトさせると同時に、カーソル線5、6がそれぞれ位置する緯度、経度をも計算する。そして、計算した緯度、経度をブラウン管表示器1上に数値8、9で表示する。この数値表示は、電子計算機19がカーソル線5、6の位置する緯度、経度を演算して、演算した数値に対応するパターンを蓄積用記憶回路16から選出する。そして、選出した数値のパターンを表示用記憶回路14に書込む。」(第9頁第13行~第10頁第3行)こと、「パネル操作面にはマークスイッチ24が設けられ、このスイッチ24を作動させることにより、ブラウン管表示器1のカーソル線5、6の交点に矩形のマーク7を表示させることができる。」(第10頁第16~20行)こと、及び、「イベントマーク7」(第4頁第3行)が記載されており、これらの記載と、既に述べたように、「マーカ表示要素」は、緯度、経度線、カーソル線、イベントマーク、緯度、経度表示数値であると認められることとを併せてみると、当初明細書に記載された表示用記憶回路は、蓄積記憶回路の記憶内容を読み込んで航跡を記憶し、さらに地図上の緯度、経度線およびカーソル線等の航行位置を認識するためのマーカ表示要素のデータを記憶するものと解される。
また、当初明細書の上記の記載からみて、当初明細書に記載された表示用記憶回路14は、記憶のために書込可能なメモリを有するものと解される。そして、書込可能なメモリとしてRAMがあることは、この出願前周知のことである。
してみれば、上記の特許明細書の「表示用記憶回路26は、……蓄積記憶回路の記憶内容を読み込み、さらに地図上の緯度、経度線およびカーソル線等の航行位置を認識するためのマーカ表示要素のデータを記憶する別のRAMによって構成されている。」の記載は、上記の当初明細書に記載された表示用記憶回路を表わしたものと解される。
したがって、上記(3)の記載は、当初明細書及び図面に記載された内容を逸脱した要旨変更となる補正に当たるとは認められないから、上記(3)の記載に対する本件請求人の上記の主張は採用することができない。
(4)特許明細書及び図面の「RAMである表示用記憶回路26の記憶内容は、ブラウン管表示器27の表示位置に幾何的に対応するようにされ、表示データはシフトレジスタ23を介して表示用記憶回路26からブラウン管表示器27に送られるように構成される。上記のように表示用記憶回路26の記憶内容がブラウン管表示器27の表示位置に幾何的に対応するため、言い換えれば表示用記憶回路26はブラウン管表示器27に表示される画素数と同数の記憶素子からなる容量を有するため、シフトレジスタ28への表示データの転送はブラウン管表示器27の走査信号に同期して行われる。」(第12頁第8~19行(訂正公告公報第43頁第20~26行))の記載、及び、第3図において「水平、垂直走査回路への入力線」を入力方向矢印がないものとした記載について、
なお、特許明細書の「表示用記憶回路26の記憶内容がブラウン管表示器27の表示位置に幾何的に対応するため、言い換えれば表示用記憶回路26はブラウン管表示器27に表示される画素数と同数の記憶素子からなる容量を有するため」(第12頁第13~17行(訂正公告公報第43頁第23~25行))の記載、及び、「表示用記憶回路26は、ブラウン管表示器27上に表示される画素数と同数の記憶容量を有し、ブラウン管表示器27の走査位置に対応する記憶素子の記憶内容が水平走査カウンタ30、垂直走査カウンタ31の計数値によって読み出される。読み出された記憶出力はシフトレジスタ28へ送出される。シフトレジスタ28はクロックパルス源32のクロックパルス列によって、順次読み出される記憶信号を時系列化してブラウン管表示器27の輝度端子へ送出する。」(第14頁第2~11行(訂正公告公報第43頁第37~42行))の記載からみて、上記(4)の記載中の「幾何的に対応する」の文言は、表示用記憶回路26の各記憶素子とブラウン管表示器27の各画素とが相互に対応した位置関係にあることを表しているものと解する。
当初明細書には、「表示用記憶回路14は、ブラウン管表示器1上に表示される画素数と同数の記憶容量を有し、ブラウン管表示器1の走査位置に対応する記憶素子の記憶内容が水平走査カウンタ11、垂直走査カウンタ12の計数値によって読み出される。そして、読み出された記憶出力はシフトレジスタ15へ送出される。シフトレジスタ15はクロックパルス源13のクロックパルス列によって、順次読出される記憶信号を時系列化してブラウン管表示器1の輝度端子へ送出される。」(第5頁第4~13行)こと、及び、「10は水平、垂直走査回路で、ブラウン管表示器1の電子ビームの水平、垂直走査を行なう。この水平、垂直走査は水平走査カウンタ11、垂直走査カウンタ12の計数動作に同期して行なわれる。」(第4頁第5~8行)ことが記載されており、特許明細書の上記(4)の記載は、上記の当初明細書に記載されたことを表したものと解される。
また、上記の特許明細書第14頁第2~11行の記載と上記の当初明細書第5頁第4~13行の記載とを照合してみると、第3図の「水平、垂直走査回路への入力線」に入力方向矢印がなくても、信号の流れが当初明細書及び図面に記載されたものと変わったとは解されない。
したがって、上記(4)の記載は、当初明細書及び図面に記載された内容を逸脱した要旨変更となる補正に当たるとは認められないから、上記(4)の記載に対する本件請求人の上記の主張は採用することができない。
(5)特許明細書の「表示用記憶回路26に記憶されるデータは、カウンタ30、31によって常時スキャンニングされ、ブラウン管表示器27の表示状態のリフレッシュが継続される」(第14頁第12~15行(訂正公告公報第43頁第43~44行))の記載について、
当初明細書には、「10は水平、垂直走査回路で、ブラウン管表示器1の電子ビームの水平、垂直走査を行なう。この水平、垂直走査は水平走査カウンタ11、垂直走査カウンタ12の計数動作に同期して行なわれる。」(第4頁第5~8行)こと、及び、「表示用記憶回路14は、ブラウン管表示器1上に表示される画素数と同数の記憶容量を有し、ブラウン管表示器1の走査位置に対応する記憶素子の記憶内容が水平走査カウンタ11、垂直走査カウンタ12の計数値によって読み出される。」(第5頁第4~8行)ことが記載されている。そして、ブラウン管表示において、表示をリフレッシュしなければその表示が消えてしまうこと、また、その表示を消さないようにするために、表示用記憶回路を常時スキャンニングして表示データを送るようにすることは、この出願前技術常識である。
してみれば、上記(5)の記載は、上記の当初明細書に記載されたことと上記のブラウン管表示における技術常識とを記述したものと解される。
したがって、上記(5)の記載は、当初明細書及び図面に記載された内容を逸脱した要旨変更となる補正に当たるとは認められないから、上記(5)の記載に対する本件請求人の上記の主張は採用することができない。
(6)特許明細書の「縮小、拡大はブラウン管表示器27の画面中心点を基準にして行われるが、図示しないスイッチにより航跡2の現在位置2’を基準にして行わせることもできる。」(第17頁第1~5行(訂正公告公報第45頁第20~22行))の記載について、
当初明細書には、「縮小、拡大はブラウン管表示器1の画面中心点を基準にして行なわれるが、航跡記憶2の現在位置2’を基準にして行なわせることもできる。」(第7頁第15~18行)ことが記載されている。そして、ブラウン管表示器において表示画面の切り換えをスイッチで行うようにすることは、この出願前周知のことである。
してみれば、上記(6)の記載は、上記の当初明細書に記載されたことと上記のブラウン管表示器における周知事項とを記述したものと解される。
したがって、上記(6)の記載は、当初明細書及び図面に記載された内容を逸脱した要旨変更となる補正に当たるとは認められないから、上記(6)の記載に対する本件請求人の上記の主張は採用することができない。
(7)特許明細書の「CPU23の制御、処理内容を説明したが、これらは、使用するマイクロプロセッサの命令セットにより具体的にプログラミングしていけばよい。勿論、制御部はミニコンピュータで構成してもよく、またデイスクリートな回路要素で構成してもよい。」(第19頁第14~19行(訂正明細書第47頁第2~4行))の記載について、
なお、特許明細書の「制御部はCPU23のマイクロプロセッサで構成され」(第11頁第6~7行(訂正公告公報第43頁第9行))の記載からみて、上記(7)の記載中の「制御部」はCPU23のマイクロプロセッサで構成される部分と解する。
CPU23の制御、処理内容をプログラミングすること、プログラミングは使用するマイクロプロセッサの命令セットにより行われることは当然のことであり、上記の「CPU23の制御、処理内容を説明したが、これらは、使用するマイクロプロセッサの命令セットにより具体的にプログラミングしていけばよい。」の記載は、このことを記載したものと解される。また、上記の「制御部はミニコンピュータで構成してもよく、またデイスクリートな回路要素で構成してもよい。」の記載は、制御部の他の構成例として、この出願前周知の手段を例示したものと解される。
したがって、上記(7)の記載は、当初明細書及び図面に記載された内容を逸脱した要旨変更となる補正に当たるとは認められないから、上記(7)の記載に対する本件請求人の上記の主張は採用することができない。
(8)特許明細書の「操作スイッチからの入力があると、……(中略)……その位置に記憶」(第20頁第8行~第21頁第2行(訂正公告公報第47頁第10~16行))の記載について、
上記(8)の記載は、その記載内容からみて、当初明細書第5頁第14行~第9頁第4行の「表示用記憶回路14は、ブラウン管表示器1に表示される表示信号を記憶するが、……(中略)……表示用記憶回路14には、上記のような緯度、経度線の他に、カーソル線の表示信号も書込まれてる。」に記載された電子計算機の動作をフローのステップに区分して表したものと解される。
そして、当初明細書には、「記憶回路16の記憶内容は、電子計算機19によって一定時間毎に読み出されて表示用記憶回路14に書込まれるが、この書込み動作は、時間設定スイッチ20、縮小、拡大スイッチ21、画面移動スイッチ22に基づいて行われる。」(第6頁第9~13行)こと、「時間設定スイッチ20の設定時間信号はインターフェイス23を経て電子計算機19へ送出される。そして、電子計算機19は、設定された時間毎に蓄積用記憶回路16の記憶内容を読み出して表示用記憶回路14に書込む。」(第6頁第19行~第7頁第3行)こと、「縮小、拡大スイッチ21の設定出力はインターフェイス23を経て電子計算機19へ導かれて、電子計算機19は設定された縮尺率に応じて蓄積用記憶回路16の記憶内容を表示用記憶回路14へ書込む。」(第7頁第11~15行)こと、「画面移動スイッチ22の移動信号は、インターフェイス23を経て電子計算機19へ導かれる。電子計算機19は移動信号が入力されたときは、表示用記憶回路14に書込む記憶内容を、全体的に移動方向にシフトした記憶素子に書込むごとく行なう。」(第8頁第8~13行)こと、及び、「電子計算機19は、上記のようにして、時間設定スイッチ21、縮小、拡大スイッチ21、画面移動スイッチ22の設定出力に応じて、表示用記憶回路に航跡記憶の書込みを行なう。」(第8頁第14-17行)ことが記載されており、これらの記載からみて、電子計算機19は、上記のようにして、時間設定スイッチ20、縮小、拡大スイッチ21、画面移動スイッチ22等の操作スイッチにより設定が行われた場合、既に設定されている出力を変更設定し、その変更設定された設定出力に応じて表示用記憶回路14に航跡記憶の書込みを行うが、上記操作スイッチの操作により設定の変更が行われない場合には、既に設定されている出力に応じて表示用記憶回路14に航跡記憶の書込みを行うものと解される。そして、電子計算機を用いる装置において、操作スイッチの入力データをRAMに記憶させるようなことは、この出願前周知のことである。
してみれば、上記(8)の記載は、上記の当初明細書に記載された電子計算機の動作と上記の電子計算機を用いるものにおける周知事項とを記述したものと解される。
したがって、上記(8)の記載は、当初明細書及び図面に記載された内容を逸脱した要旨変更となる補正に当たるとは認められないから、上記(8)の記載に対する本件請求人の上記の主張は採用することができない。
以上述べた通りであるから、本件請求人が8項に分けて摘示した特許明細書及び図面の記載は、そのいずれも、願書に添付した明細書または図面の要旨を変更するものには当たらない。
したがって、本件発明の出願日について、平成2年改正特許法第40条の規定は適用されないこととなる。
そして、そのとき、本件発明の出願日は、昭和54年4月27日であり、本件請求人が提出した甲第5号証、甲第6号証、及び、甲第7号証は、いずれも本件発明の出願後に公知の刊行物となるから、本件発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとすることができない。
以上の通りであるから、本件請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成8年1月10日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
〔別紙2
<省略>